12月も半ば近くになってやるべき事はあるのですが、先日読み始めた
開高健ノンフィクション賞作品「インパラの朝」の著者である中村安希さんの
ブログにある旅の記録を読み始め、続きが気になって仕事になりません・・
そんな訳でカテゴリを順におって、カンボジアまでの旅を終えたところです。
実は長女が同年で成都の四川大学で5年間を学んだ為に、その間の
色々な体験談と重なり合って興味に駆られてしまったのですが・・
長女は夏休みに実家でバイトするわずかな資金と、貯金、2年間の奨学金とで
無事四川大学を卒業したのですが、春節休みのバックパッカーの旅は極貧旅が
多く、トラックの荷台という乗り合いバスで、国境越えをする陸路の旅をすると
聞いていましたけれど、このレポートのお蔭で垣間見た気がします。
卒業前にと、2003年のカンボジア、ベトナムの旅では、誘いを断わる私に
ホテルと食事代だけのスポンサーを求め、夏休みの帰省中繰り返す
中国人並みの交渉に根負けし、彼女の指示で20万円の現金だけ用意して
タイへの合流を果たし、バックパッカーもどきを体験した私としては
ついつい懐かしく旅を思い出します。
彼女はラオスから列車で、私は直接飛行機でタイの空港で夜の11時過ぎに合流
カオサンにある彼女の定宿に泊まりましたが、「ベニヤのような仕切りの中に
パイプベットと扇風機があるだけで、共同トイレの中に水シャワーと、実経験は
ないけれど、監獄を連想させる一人部屋でした。(走り回るネズミも確認)
もちろん次の日からは、ホットシャワーつきビジネスホテルクラスをスポンサーと
して、主張しゲットしましたが、初日は彼女のおごりでしたので・・
乗り合いバス(10人乗りバンも含む)と夜行列車に、中国の夜行バスなど色々体験
させてもらいましたが、ハノイからラオカイまでの列車ではソフトシートで買った
はずのチケットが硬席で騙されたり(硬席でも、昔のSL機関車を知っている私に
とっては懐かしいだけでしたけれど)、ホーチミンのレストランで0を一桁多く
支払ってしまったり(近くに泊まっていたので、すぐに気づいて取り返して
きましたが)旅の終盤は疲れきっていてミスの連発。
早くゴールの中国に入りたいと言う心境になっていましたっけ・・・
この旅の経験を少しだけ聞いた人々は、口を揃えて「面白そうだけれど
行きたい旅ではない」と言っていましたが、まさに「安希のレポート」は
旅が無事終わっているからこそ、安心して読めますが、彼女の応援団は
記事が何日も途絶える度に、心配して眠れぬ夜を過ごしたのでは思います。
さてこれからの旅は、どんどん危険な地域へ入って行きます。
一応聡まとめである、「インパラの朝」を読み終えていますので
心配する事無く読み進められますね。
安希さんの旅は、バックパッカーが人質になり亡くなった事件の後に
行われていますので、自己責任についても触れていましたが
こういった冒険旅行記は、もちろん無事に帰ることが出来、本を書くと
言う才能に恵まれた、成功者のものでしかありえないのですが
それ以上に、事件として国を挙げて騒がれる被害者という体験は
もっと少数なわけで、どちらにも属さず、人知れず行方不明に
なっている人がいることも、認識しなければなりませんね。
こんな話を娘達にすると「また妄想が膨らんでいる」と言われるのですが
大規模な津波で世界中の多くの人が被災したスマトラ島沖地震の時に
南インドに滞在し、非難経験した長女を心配した親としては
突然外国で消息を絶った時に、何の情報源も持たぬ一般庶民の親として
何が出来るのか、見当もつかない不安を感じるのは当然ですよね。
それでも体当たりで、体験することに生きがいを感じている子供を持つ
親としては、陰ながら応援する事ぐらいしか出来ないのですが・・


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