天気予報では、昨夜から節分までが寒波のピークとか。
今朝のTVでは上越線をはじめ、県内の列車運休テロップが
流れ続けるほど、交通機関に影響が出ている様子。
ただ、深々と降る続く雪ではありますが、風もなく穏やかなので
あまり気にならなかったのですが、ここは自重してスイミングを自主休校。
強風が吹き荒れると、ホワイトアウトの世界で一寸先も見えない状態で
運転なんて考えられませんが、今日のように穏やかに降り続くことには
慣れていますので、本当は出かけたいところ・・・
ただ、山間部より町場の除雪体制が気になるところで
仕事でもないし、遠慮しようかな?と思うのです。
そんな訳で、前から気になっていた古い日記帳をチェックしてみました。
と言うのも、先日当HPの年表ページを追記していた時のこと
近年続く災害の多さに、振り返ってみると
私の記憶の中では、最初の災害との出会いが
長女出産時1979年(S54年)と前年1978年に続いた夏の豪雨
当時村杉小屋は村杉沢の畔にある初代のもので
銀山平を貫く国道352号も今より低く
船着き場駐車場と中荒沢キャンプ場の橋も低位置にあり
この国道まで北の又川があふれ、避難すべきか迷ったのです。
その後河川改修が行われ、国道も嵩上げされ現在に至る訳です。
そして、1981年新潟県の五六豪雪になるのですが
この年は1歳の長女と用事で実家へ里帰り中に、地元老人ホームが
雪崩に合い、我が家一帯も危険地域に指定されたため
そのまま3月まで実家で過ごしていました。
その後は豪雪は度々あったものの
消雪環境が進み、避難するほどの災害もなく過ぎ去り・・・
私自身が最初に対処に困った災害体験は、船着き場で営業してた
最後の頃(1997年前後)、紅葉も終盤に来て吹き荒れた台風。
丁度この前後の日記が見当たらず、確認できなかったのですが
強風が吹き荒れ、売店のガラス戸が割れ商品が吹き飛びました。
本来なら、台風の予報にガラス度をコンパネでか囲うのですが
この時は、油断したのか囲うこともなく常連様と普通に過ごし
子供と共に両親が自宅在住だった為、夫と2人だけの対処でした。
翌早朝の物音に、売店を覗きに行った私としては、破損状況を
夫に伝えたものの、「どうしようもない」との言葉が返っただけ。
風下の窓から外の様子を見て、ビビッていたと思います。
この時初めて、立木が地面に着きそうなほどしなっている姿を見
台風が怖いものだと実感したのです。
この後は記憶にも新しく、中越地震、豪雪、集中豪雨、中越沖地震と
新潟県だけでも次々自然災害に襲われながら現在に至る訳ですが
昨年の東日本大震災以来、頻発する地震と
地球規模で、大地震の周期に入ったという現在
どのような対処が必要なのか、分からないまま進行中です・・・
ついでに、家族年表もメモし確認してみましたが
この15年位は、娘達の生活変化に共に関わって来た事で
私自身が、思いがけない貴重な体験をし
素敵な思い出になっていることに気付きました。
さて、長い思い出話になってしまいましたが
今日は昨日の写真で、裏の雪原で遊ぶ近所の子供の姿。
もう思い出話になってしまった娘達が子供の頃も
こうして、雪まみれになって遊ぶのが日常でしたものね。
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